大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)51号 判決

大阪府東大阪市衣摺二丁目七番一八号

上告人

安田忠義

右訴訟代理人弁護士

宮地光子

長野真一郎

大阪府東大阪市永和二丁目三番八号

被上告人

東大阪税務署長 岩坂弘

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六三年(行コ)第四二号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成二年一一月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人宮地光子、同長野真一郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を論難するか、原判決を正解しないでこれを論難するものにすぎず、いずれも採用することができない。

よって、行政事件訴訟七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 味村治 裁判官 大内恒夫 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平)

(平成三年(行ツ)第五一号 上告人 安田忠義)

上告代理人宮地光子、同長野真一郎の上告理由

控訴審判決は、以下述べる通り、経験則、採証法則に反する認定をしており、これらは判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反であるので、取り消されなければならない。

一 実額認定が不可能であるとした認定の経験則・採証法則違背の違法

上告人が主張していた、同人の売上金額についての実額認定について、控訴審判決は、帳簿の存在より一応実額認定ができる可能性があるが、林商会についての帳簿には、他の売上左記への帳簿に比して、記載漏れがあり、これをもとに実額認定はできないとした原判決を維持した。

右理由として、控訴審判決が、原判決を引用しあるいは、これに追加して述べる理由は、経験則・採証法則に反するものである。

1 控訴審判決は、昭和五五年七月七日の売上につき、売上帳には八万六一〇〇円と記載しているところ、右単価は一一〇円であるから九万四七一〇円であるということを右売上帳簿に基づき実額認定ができない理由とする。しかし、この様な計算間違いは、これを訂正して正しい売上額を算定すればたりることであり、これを理由として右売上帳から、実額認定できないという結論を引き出すことはできない。

計算間違いのまま、右帳簿記載の売上額をもって実際の売上額とすることの問題性は導かれても、これは前記の通り訂正すればたることであり、これによって、上告人の場合実額認定までができないと言う一般的な結論を導き出すのは、論理の飛躍がある。

上告人のごとき、零細企業の場合、帳簿上の記載、計算に間違いがあるのは、むしろ当然のことと言え、それ故に、実額認定できないと言うことは導けないはずである。むしろ、このような間違いの事実は、この売上帳が、偽りのものでないことを逆に示していると見るべきである。

2 しかも、原判決が売上漏れと指摘した多くの事実が実は、原判決裁判所が、全く原被告間で争点になっていない事項につき指摘したものであり、その指摘自体が、証拠として提出されている伝票等の書証を対照すれば、何ら事実でないことがわかるにも関わらず、これをせずに思いこみで計上漏れがあると指摘したものであることが、控訴審の審理の結果明らかとなった。その点を控訴審判決も、認めている。しかるに、右裁判所の「誤った思い込み」に基づく結論(実額認定を不可能とした結論)を維持したことは、合理的でなく、経験則・採証法則違背の違法がある。

3 また、控訴審判決は、上告人は、昭和五三年度に税務調査の手が入ったのであるから、以降はより慎重に帳簿類の整理保管に留意するのが通常のとる態度であると思われるにもかかわらず、その後本件係争年分の売上帳を一部廃棄した点等を、はなはだ納得できないとする。しかし、上告人は、これらの伝票類は、引っ越しの際誤って水につけて「ドロドロ」になった等の事由により存在しないまでのことである(上告人の地裁一三回調書一九丁裏以下)。

しかも、右控訴審の判断が合理的であるためには、昭和五三年の調査において、帳簿の不備等により上告人の主張が認められなかったり、帳簿のつけ方がおかしいとして指導がなされた等の事実があって初めて、右原判決指摘のような態度を上告人がとるべきであるといえよう。しかし、実際は、五三年の調査の際、上告人は、償却費用の計上の仕方について、上告人が誤解していたのを治すように指摘されただけのことである。それ以外に売上、経費等につき修正をするよう指導された事実も、帳簿のつけ方等につき税務署から問題点を指摘された事実も一切ない。

4 控訴審判決は、林商会の帳簿につき「特に控訴人自身が帳簿の記載を行うことにしたのであり、その方法は入金や売上があると鉛筆で紙切れにメモしておき、後日これをまとめて売上帳に移記したと供述(原審第一、二回及び当審)しているのであって、右の通り控訴人の売上帳の内林商会は取り引きの都度記帳がなされたのではない」等として、その記載の信用性を否定している。

しかし、右認定は証拠に基づかない認定である。

上告人は、林商会の取り引きの内入金については、控訴人自身が帳簿に記載したと供述しているが、売上については、述べてない(上告人控訴審第八回調書一八丁表以下。他の取引先と同様に上告人の妻が記帳している。)そして、そもそも所得額は、発生主義をとるから税額には入金額は影響しない。

右のように、認定の裏付けたる証拠がないにも関わらず、証拠に基づかない認定をしてこれを理由に、林商会の帳簿によって売上額の実額認定ができないとした控訴審判決は、採証法則違背の違法がある。

5 更に、米田、早川商店にかんする約束手形につき、控訴審判決は、これらをもって他に売上先がある可能性を認定した。しかし、そのような他の売上先の存在を裏付ける証拠はないのであり、しかも逆に、これらの手形が上告人の売上ではないとの証拠(甲五四、五五号証)が存するにも関わらず、これについては何ら判断をすることなく、右認定をしたのであり、これは経験則・採証法則違背の違法がある。

二 売り上げ足数の重量と原材料重量の比較について

この点について、控訴審判決は理由一、5において、第一審判決を一部付加、訂正、削除するほかは第一審判決を引用しているので、結局のところ判決理由は以下の通りとする。

「原告本人尋問の結果(原審第一回及び当審)及びこれにより真正に成立したものと認められる第二七号証、第三一号証、第三九号証の一乃至二六、第四六号証の一乃至四、第六〇乃至第六三号証によれば、原告が売上帳に基づいて計算した原告のサイズ別売上足数(昭和五五年分が五六万六六二五足、昭和五六年分が五九万八七七〇足)に、各製品別の重量を掛け合わせて算出した売上製品の重量は、昭和五五年分が一一万九四一一キログラム、昭和五六年分が一〇万八八四九キログラムであるのに対して、原告が原材料の仕入先からの請求書に基づき計測した原材料仕入重量は、昭和五五年分が一二万四三五キログラム、昭和五六年分が一一万一一二七キログラム(株式会社コーセンからの仕入量は前掲甲第三九号証の一ないし二六によれば計三万五七一九キログラムであり、また前掲甲第四六号証の一ないし四によれば共栄化学工業株式会社からの仕入分も五〇八キログラムあり、これらにつき前掲甲第二七号証は正確でない)となるが、昭和五五年分中同年一二月二一日以降に仕入れた材料が五〇〇〇キログラムあり、この分は昭和五六年分の製品に使用されたので、これを考慮に入れると、昭和五五年分使用の仕入材料の重量が一一万五四三五キログラム、昭和五六年分使用の仕入材料の重量が一一万六一二七キログラムとなり、昭和五五年度については仕入原料に対し使用量が三九七六キログラム超過し、昭和五六年度については逆に仕入原料が使用料に対し六五一五キログラムも多いことが認められる。

右の結果は、原告本人尋問の結果(原告第一回及び当審)によって認められる製造過程で原材料のロスが一、二パーセント生ずることや、在庫として残る材料や、製品のうちで売り残るものがある程度出ることさらには原料の在庫量が五〇〇キログラムないし二トンぐらいあったことを考慮に入れても、容易に説明のつけにくい開きであり、両者が明確な対応関係に立つとはいえないことなどを考え合わせれば、右製品重量と材料仕入重量との比較から、売上帳記載の売上が原告の総売上であるといいがたいことは明らかである。

なお、控訴人は当審において、昭和五六年度は原材料の仕入量が多いが、それは材料の仕入先でもない早川商店から九〇〇〇キログラムもRB樹脂を買わされた上(甲第四二号証参照)、RB樹脂は統制的な商品で取引枠を確保しておくため、通常の取引先からの仕入も続けておかなければならなかったためであると供述する。しかし、前記認定のとおり、昭和五六年度は昭和五五年に比べて原材料の仕入量自体は九〇〇〇キログラム以上も少ないのであり、また右控訴人の言い分もにわかにはこれを信じがたいというほかはない。」

しかしながら、右控訴審判決の理由には、明らかな理由齟齬の違法がある。すなわち、右控訴審判決は、控訴人が昭和五六年度において原材料の仕入量が多い理由として主張した理由を「材料の仕入先でもない早川商店から九〇〇〇グラムもRB樹脂を買わされたうえ(甲四二号証参照)、RB樹脂は統制的な商品で取引枠を確保しておくため通常の取引先からの仕入れも続けておかなければならなかったためであると供述する」とまとめたうえ、「しかしながら前記認定のとおり、昭和五六年度は昭和五五年度に比べ原材料の仕入量自体は九〇〇〇グラム以上も少ないのであり、また右控訴人の言い分もにわかにはこれを信じがたいというほかない。」として控訴人の主張を排斥しているのである。

しかしながら、そもそも昭和五六年度において原材料の仕入れ重量が少なかったことをもって控訴人の右主張を排斥するのは何の根拠もないばかりか、右判決理由の「昭和五六年度は昭和五五年度に比べ原材料の仕入量自体は九〇〇〇グラム以上も少ない」との判断自体、理由齟齬の違法があるものである。すなわち「昭和五六年度は昭和五五年度に比べ原材料の仕入量自体は九〇〇〇グラム以上も少ない」との判断は、昭和五五年分の原材料仕入重量を、一二万四三五キログラム、昭和五六年分の原材料仕入量を一一万一一二七キログラムとしたうえでの判断であるが、右控訴審判決は右キログラム数を認定した上で続けて、「昭和五五年分中同年以降に仕入れた材料が五〇〇〇キログラムあり、この分は昭和五六年分の製品に使用されたので、これを考慮に入れると、昭和五五年分の仕入材料の重量が一一万五四三五キログラム、昭和五六年分の仕入材料の重量が一一万六一二七キログラムとなり」と認定しているのであり、この認定によれば逆に昭和五六年分の原材料仕入量が昭和五五年に比べて六九二キログラム多くなるのである。すなわち、控訴人の主張を排斥する理由となった「昭和五六年度は昭和五五年度に比べ原材料の仕入量自体は九〇〇〇グラム以上も少ない」との判断は、最終的に控訴審判決の認定した仕入量からは、算出できない数字であってこの点において控訴審判決には理由齟齬の不備があるのである。

以上

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